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福岡高等裁判所 昭和55年(ラ)117号 決定

抗告人 山東重次

相手方 伊佐玲子

主文

原審判を取り消す。

本件を福岡家庭裁判所小倉支部へ差し戻す。

理由

抗告人は主文同旨の裁判を求めた。その理由とするところは別紙抗告理由書記載のとおりである。

そこで検討するに、一件記録によれば次の事実が認められる。

1  抗告人(昭和一六年六月一八日生)と相手方(昭和一五年七月四日生)とは昭和四二年五月八日婚姻して広島市で生活し、その間に昭和四四年六月一〇日事件本人弘一をもうけた。事件本人の出生前頃から抗告人は勤務先会社の同僚であつた金内由里子(昭和二二年二月一一日生)とねんごろになり、抗告人の相手方に対する思いやりのなさも手伝つて夫婦間に破綻が生じ、抗告人と相手方とは昭和四八年三月一六日協議離婚をした。離婚の際、抗告人は、相手方に対し、「事件本人の親権者を相手方にするから。」と偽つて離婚届の用紙に相手方の署名押印をさせ、現実には事件本人の親権者を抗告人と定めたようにして離婚届をした。相手方はその直後に右の事情を知つたが、とりたてて異議を述べないまま、本件申立に至るまで後記のように事件本人の養育等について抗告人に相談したりしていた。

2  相手方は離婚後事件本人をその手許で養育し、昭和五四年八月事件本人を伴つて大阪府門真市に転居した。相手方は現在会社事務員をして月に手取り一〇万円弱の収入を得ている。

一方、抗告人は昭和五一年春北九州市へ転居し、家具製作などの仕事をしていたが、昭和五三年に会社を設立してその代表者となり、昭和五四年七月三〇日にはかねて交際のあつた前記金内由里子と婚姻した。抗告人の現在の収入は月約二三万円である。

3  相手方は離婚後も事件本人の養育等について絶えず抗告人に連絡し、抗告人は事件本人の養育料として当初は月三万円を、後には月五万円の送金を続けていた。そして抗告人の再婚迄は両者とも復縁への期待を持つて数回話し合いをしたこともあつた。

昭和五五年二月初め頃から事件本人が大阪での学校生活になじめず、登校を拒否するようになつたため、相手方は抗告人と電話で頻繁に相談をした結果、抗告人が事件本人を引き取ることとなり、同月下旬抗告人は事件本人を引き取つた。なお、抗告人は事件本人の引き取りに際し、事前に妻由里子と相談してはおらない。

ところが、相手方は事件本人のいない淋しさに耐えられず、事件本人を引き渡した二日位後に取り乱したまま抗告人方へ赴き、事件本人を連れ戻した。これに対して抗告人は同年三月二日相手方宅に赴き、相手方の他出を幸いに事件本人を連れ出した後、帰宅した相手方と話し合つたが相手方の同意のないまま、事件本人を再び抗告人方へ連れ戻した。

4  相手方は同月一三日に事件本人の引き取りを求めて福岡家庭裁判所小倉支部に親権者変更の調停の申立をし、原審は調査官に調査を命じたが、当事者双方に対する調査後の同年四月二一日相手方は学校の遠足帰りの事件本人を連れ去つた。同月三〇日調停期日が開かれ、当事者双方は出頭したが合意成立の見込みがなく、調停は不成立となり、事件は審判手続に移行した。

5  原審は、抗告人とその妻を審問した後、同年六月一八日に相手方の調査時の勤務先気付で、相手方に対し相手方の現住所、勤務先、事件本人の通学している学校名、通学状況等について照会書を発送したところ、同月二四日調査時の勤務先は変つておらず、照会書を受領した旨及びこれに対し回答すべきか否か考慮中である旨相手方から電話連絡があり、ようやく同年九月一日勤務先は変らず、事件本人は野球部に入つて元気に通学しており、事件本人と二人で暮すことを希望していることなどを記載した相手方からの回答書を受理した。しかしながら右回答書には相手方の現住所や事件本人の通学先の記載はなかつた。

6  抗告人、相手方ともに事件本人に対して強い愛情を抱いている。

抗告人の性格には独断的なものがあり、その妻は事件本人の引き取りにつき一応協力的ではあるが、事件本人を引き取つた場合予想される相手方との摩擦について危惧の念を持つている。

一方、相手方の性格には依存的な面がみてとれる。

事件本人の性格等については明らかでなく、抗告人は抗告理由書第四項(2)記載のように事件本人の性格とこれが相手方の養育態度から生じたのではないかとの不安感を持つている。

以上の事実関係に照らせば、本件親権者変更の是否を決するうえにおいては、事件本人の年齢にかんがみ、その心身の発達の程度、その性格及び前記抗告人の不安感についての根拠の有無並びにその通学状況をも含めた現在の生活状態を把握したうえで当事者双方の親権者としての適格性を判断することが肝要であると考えられるところ、相手方がその現住所や事件本人の通学先を秘しているといつても、その勤務先、連絡先は判明しているのであるから、事件本人の現在の生活状態等の調査をすることは可能であると思われる。そうすると、これ以上事件本人の奪い合いを繰り返すことが事件本人にとつて極めて望ましくない影響を及ぼすであろうことを充分考慮しても、右の点の調査をしないまま事件本人の親権者を抗告人から相手方に変更することは相当ではない。原審としては、すべからく事件本人の現在の生活状態等の調査を尽くしたうえ、各当事者の親権者としての適格性を判断すべきである。

よつて、原審判を取り消したうえ、本件を福岡家庭裁判所小倉支部に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 美山和義 裁判官 前川鉄郎 川畑耕平)

抗告理由

1 原審裁判所はその理由の中で、相手方(母)と抗告人とを比較した場合、双方共に長短相半ばし、いずれを可とすべきかにわかには判断を下し得ないとしながらも、養育の観点から相手方を親権者とすることが未成年者の福祉に添うものであると判断せざるを得ないとして、親権者の変更を認めたのであるが、これは明らかに判断の誤りないし事実認定の誤りである。

2 即ち、相手方は経済的に余裕がない上に、抗告人が離婚後毎月仕送した未成年者の養育費についても未成年者を相手方の意のままになるようにするためプラモデル・おもちやなどを無分別に買与え浪費しており、服装や成長期に必要な食物には無頓着で、未成年者の服装、偏食の状態からして満足いく養育がなされていたとは到底考えられない。

3 また、原審裁判所は抗告人を親権者とした場合、相手方が半狂乱となつて乱入する事態が予想され、その場合、抗告人の妻が耐えきれるかどうか不安を拭いきれないとする。

しかしながら、抗告人の妻は、抗告人が相手方と離婚後北九州市に転居し、種々辛酸をなめた後、今日まで苦労をともにし今日の生活を築いたものであつて、抗告人に信頼を寄せており、未成年者を再度引取つたときにもその躾けに努力しており、現在は実の子同様に育てたいと希望しているのである。

また、相手方が半狂乱となつて乱入した当時は、相手方がまだ抗告人に対し未練をもつていたときであつて、その後、相手方において抗告人の家庭を直接確かめ、今さら自分の介入する余地がないことを悟つており、今後前記のような事態が生じることは考えられないのである。

4 現在未成年者は小学校五年に在学中であり、養、教育上最も大切な時期である。

しかしながら、

(1) 相手方には定職もなく、経済的にも未成年者を養育していくことは不可能であり、また住居も不定であつて、これからも未成年者を連れて住居を転々とせざるを得ず、未成年者に及ぼす悪影響ははかり知れない。

(2) また、相手方は親としてのつとめを全く果たしておらず、これまで相手方のもとで養育されたことにより未成年者には子供としてのつぎのような欠陥がある。

(イ) 性格は女性的な面が強くナヨナヨしており、内向的で感情の起伏がはげしい。

(ロ) 夜尿症がはげしい(一週間に五回位)・・・・・・・抗告人と生活中は注意していたので回数が少なくなつた。

(ハ) 偏食がはげしい(今まで自分が食べたことがないものは一切手を付けない)。

(ニ) 金銭的にルーズな面がある(不必要なものまで気まぐれに買求める)。

また、抗告人が未成年者から聞き込んだことによれば、相手方は未成年者に性的欲求不満を求めていたと思われる節がある。

以上のことからしても、相手方に親権を移し養育させることは未成年者のためにならず、将来悪影響を残すおそれが極めて大きいというべきである。

抗告人としては、一日も早く未成年者を手許に引取り、親権者として前記欠陥を矯正し、のびのびと男らしく育てることこそ未成年者にとつて最も大事なことであると考え、その準備も整つている。

よつて抗告人は前記審判の取消を求め、親権を抗告人に回復するため本申立に及んだ次第である。

〔参照〕原審(福岡家小倉支昭五五(家)一一九五号 昭五五・九・一二審判)

主文

未成年者の親権者を相手方(父)から申立人(母)に変更する。

理由

一 申立の趣旨 主文同旨

二 申立の実情

申立人と相手方は昭和四八年三月二〇日未成年者の親権者を相手方と定めて協議離婚し、以来申立人において未成年者を引取り養育に当つて来た。昭和五五年三月二日相手方は申立人不在の間に未成年者を連れ去つてしまつた。

以上の次第であるので、親権者の変更を求め本申立に及んだ。

三 本件記録添付の各資料並びに当庁調査官○○○○の調査報告書によると上記申立の事実記載の各事実の外次の事実が認められる。

(1) 離婚の経緯

当時申立人と相手方は広島市内に居住し、相手方は会社員として働いていたが、会社の同僚であつた金内由里子と情交関係を生じ、夫婦間に破綻を生ずるに至つた。離婚の協議に際し、未成年者の親権者を申立人とする旨の合意が成立していたが、相手方はこの合意に背き、自己を親権者として離婚の届出をなした。その後間もなく申立人は右の届出の内容を知つたが、これについて特段の意思表示をしない儘最近に及んでいる。

(2) 申立人は離婚後未成年者を伴つて大阪府真門市に転居し、会社事務員として働いて未成年者の養育に当つて来た。相手方は離婚後暫らくは従前の勤務先で働いていたが昭和五一年頃上記会社を退職して北九州市に転居、種々辛酸をなめた末昭和五三年頃独立して店舗の内装並びに家具の製造等を業とする会社を設立して代表取締役となり、昭和五四年七月には前記金内由里子と正式に婚姻し、生活も漸く安定するに至つている。

申立人は離婚後も相手方に対しかなり未練を持ち、折にふれ相手方に対し未成年者の成育状況を報告し、時に未成年者の養育方法につき相手方の意見を求める等のことがなされていた。一方相手方は未成年者に対し強い愛着と責任感を持ち、生活の苦しかつたころでさえ毎月三万円乃至五万円程度の養育費の送金を欠かさず続けていた。又相手方も未成年者の為、申立人との関係を元に戻したいとの気持があり、二回に亘り広島市内及び北九州市内において、申立人と話合いの機会を設けたことがあり、その際未成年者とも接触しており、父子間の交流はかなりの程度保たれていたものと認められる。

(3) 昭和五五年初め頃、申立人は未成年者が学校に行きたがらないことを気に病み、相手方に対し数次に亘つてその実情を訴え、又未成年者に対しても半ば脅しのつもりであるが父親の所へ行くかどうか意思を問うたりもしていた。これに対し相手方は未成年者を申立人に託して置くことに強い不安を覚えるに至り、申立人に対し未成年者を引取り度い旨を申入れ同年二月二二日申立人も未成年者も納得の上未成年者を引取つた。

ところが、申立人は未成年者が手許にいなくなつたあと、淋しさや不安に堪えられず翌二月二三日半狂乱ともいえる状態で相手方宅に赴き、未成年者を抱きとりその儘連れ帰つてしまつた。

その後申立の実情記載の同年三月二日相手方は再び申立人方に赴き親族を交え、未成年者の引取り方を申立人に申入れたが、申立人の納得を得られない儘、偶々申立人が他出したのを幸い未成年者を連れ戻した。

以上の状態で本件申立がなされたのであるが、本件申立(昭和五五年三月一三日受理)後の同年四月二一日、申立人は学校の遠足から帰宅途中の未成年者を路上で待ちうけ、その儘連れ帰つてしまつた。

(4) 相手方は経済的にはかなり安定して来ており、その点では親権者として不安はない。然し、相手方とその妻由里子との間は必ずしも円満とはいえず未成年者を引取つた場合順調に経過するかという点ではかなりの不安が感じられる。即ち相手方は極度に我が強く、最初に未成年者を引取つた際(昭和五五年二月二二日)には事前に妻に全く相談をしていなかつた程である。妻由里子は相手方の強引な性格を知り、又相手方が未成年者に強い愛着を持つていることを知悉していたので一言も不満を述べず、本件申立についても相手方の意向に従う旨を表明しているが、未成年者の引取りについては積極的ではなく、寧ろ諦めに近い心情で夫に従つているものと認められる。妻由里子はもし未成年者を引取つた場合、申立人が再び半狂乱となつて押しかけてくることは避けられず、それらを考えると相手方と離婚したいと思うことも屡々である旨を述べている。

然し相手方は未成年者が〃なよなよしていて男らしさが全くない〃〃未だに夜尿が続いている〃〃偏食がひどい〃〃異常とも思えるような性的関心があるように見える〃等のことを挙げ、申立人の許に置いたのでは健全な成育は期待できないとして、是非共自分の手許で養育したい旨を表明している。

(5) 申立人は前述の通り相手方にかなりの未練を持ち、相手方に依存する姿勢を持ち続け、未成年者を取り戻す為相手方宅に赴いた際には相手方の妻由里子に対し「絶対に相手方を取戻して見せる」旨を宣言する等のこともあつた模様である。

然し申立人は、相手方とその妻由里子の家庭を直接確め今更自分の介入する余地のないことを悟り得たこと、未成年者を奪い取られはしないかとの恐怖心等から、従来の相手方に甘えた生活を断ち、相手方に対する未練を振り切りたいと考え始めているものの如く察せられる。即ち申立人は未成年者を連れ帰つた直後転居し、その居所を相手方に対しては勿論当裁判所に対しても教えようとしない。(頭書の住所は連絡先としている姉の住所である。)又従前毎月欠かさず受け取つて来た養育費も今後は一切あてにせず、自分一人の力で未成年者を育て上げて見せるとの覚悟を手紙で表明するに至つている。

以上の状態の為申立人及び未成年者のその後の生活がどのような状態にあるのか全く判らない。然し上記の手紙の内容からすると、従前と較べた場合、はつきりした生活目標を持ち得てかなり安定した精神状態にあるのではないかと推測される。

四 当裁判所の判断

相手方は経済的には安定しており、未成年者に対しては深い愛情と強い責任感を持つており、又未成年者の生育状況につき強い不安を持ち、自ら養育に当りたいとの強い要望を持つていることが認められる。又相手方は人柄は誠実であり、社会生活においては水準以上の能力を持ちそれらの点では誠に尊敬に値する人物であるが、かなり強烈な個性の持主であり自己の信念を枉げることを知らず相手の心情を思いやることが少く、寛容さに欠ける等、家庭生活の面ではやや円満を欠くことの多い人柄のように見受けられる、相手方の妻は相手方の上記のような性格を熟知し、よく耐え、円満な家庭を礎いて来ているが、未成年者を引取つた場合、果たして破綻なく円満な状態を持続し得るかについては懸念を持たざるを得ない。殊に相手方の妻自らが述べているとおり申立人が半狂乱となつて乱入するというような事態が予測されないではなく、その場合、相手方の妻が耐えきれるかどうか不安を拭いきれないものがある。

他方申立人は上述のとおり、相手方に頼りすぎていた自らの過りに気付き、自立を目指し努力を始めていることが窺われ、精神的に安定に向つているものと思われるが、経済的には余裕のない状態が続いているものとしか考えられず、性格面においても未熟な面を残しているように思われ、未成年者の親権者としての適格性についてはかなり疑問を感ぜざるを得ないものがある。

以上、申立人と相手方と比較した場合、双方共に長短相半ばし、いずれを可とすべきかにわかには判断を下し得ない。

然し、養育者、養育環境を転々し、その都度未成年者に養育者との別離を体験させることは取返しのつかない心的外傷体験として将来に大きな悪影響を残す恐れが極めて大きく、現状においてはこの儘申立人の許におくことが未成年者の福祉に添うものと判断せざるを得ない。そうした場合、申立人と未成年者の現在の生活をより安定したものとすることが望ましく、その為この際、親権者を申立人に変更するのを相当と認める。

よつて主文のとおり審判する。

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